フリースタイルフットボーラー&トリリンガルmasato@グアテマラ親善大使

1990年生まれ。クレヨンしんちゃんの街・埼玉県春日部市出身。常に日に焼けており歯並びが良いラテン系繊細派。さいたま市立浦和高校→明治大学政経学部→メーカーにて人事として2年間勤務。過労で病院に搬送される等激務を経て退職する。ここで「会社に殺されるよりも世界を旅して死にたい」と決意を固めた。治安の悪い中米グアテマラへ1人で飛び立ち1年間ボール1つで中南米を渡り歩く。世界各地でパフォーマンスや子供教室を開催。現在は英語・スペイン語・日本語の3ヶ国語を自在に操るトリリンガル、グアテマラ親善大使としても活動中

死を勝ち取れ。常識や社会に殺されるのか自発的に死ぬかは選べる





本日twitterで流れてきた@veronikaさんのツイートをまずは読んで欲しい。




現代日本の核心を突く名言だ。そこいらの中途半端野郎は思考だけでなく容貌も大変に美しいveronikaさんの鼻くそでも有り難く食っておけばいい。



「死」は生命を持った万物の宿命なのだから自ら積極的に死に向かって行けばいい。一応言っておくけど自殺じゃねえぞ。自分で選び取ったとしても自殺は絶対ダメだ。
例えば昨日のブログにも書いたが僕はグアテマラでなら「バス強盗にピストルで撃ち殺されても後悔はない」と思えた。過労死しかけた会社員という狭い世界を飛び出しグアテマラという異国の地でやりたい事の最中で死ねたら本望だった。会社やくだらない常識に殺されるくらいなら僕は砂漠で野たれ死にたい。



死とは勝ち取るものなんだ。自分の考えもなく何となくダラダラ生きていたら自ら死ぬ事はできない。「本当は会社を辞めたいけど世間体が気になるし先延ばしにしよう」そんな事ばかり繰り返して一生を終えるとしたら、それは一般常識や周囲の声に「殺された」んだ。人間はみんな死ねると思ってる。しかし現実は恐ろしく残酷で多くの人は死ねずに何かに殺されている。命が無くなるという現象・意味では同じだが、自分の意志で生きていなかったが為に自分の意志で死ねないんだ。



という下書きをしていた今日、大変痛ましい事件をニュースで目にした。走行中の東海道新幹線内で男女3人が殺傷された。亡くなった会社員男性は女性を助ける為に犯人に勇敢に立ち向かった結果、馬乗りになり数十回に渡って刺されたという。文字にするのも心が痛む残忍な事件だ。



亡くなった会社員男性は彼の命を彼の意志で生きた。報道では「殺された」という表現になるが僕は彼は「死んだ」と思っている。本当に気高く尊い命だ。これまでの人生もさぞかし素敵に生きてきたはずだ。親族や友人等関係者は想像を絶する悲しみの最中におられることと思う。心からご冥福をお祈りする。



「死ぬ」を創造する生き方を。



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