トリリンガル&フリースタイルフットボーラーmasato@グアテマラ親善大使

1990年生まれ。クレヨンしんちゃんの街・埼玉県春日部市出身。常に日に焼けており歯並びが良いラテン系繊細派。さいたま市立浦和高校→明治大学政経学部→メーカーにて人事として2年間勤務。過労で病院に搬送される等激務を経て退職する。ここで「会社に殺されるよりも世界を旅して死にたい」と決意を固めた。治安の悪い中米グアテマラへ1人で飛び立ち1年間ボール1つで中南米を渡り歩く。世界各地でパフォーマンスや子供教室を開催。現在は英語・スペイン語・日本語の3ヶ国語を自在に操るトリリンガル、グアテマラ親善大使としても活動中

作文が苦手で大嫌いだった僕が今では毎日ブログを更新できるのはなぜか





他者目線で自由に文章を書くから。



小中学生の頃の僕は作文が死ぬほど大嫌いでした。にもかかわらず、行事が終わる度に作文を書く時間がご丁寧に用意されてるんですよね。「体育祭を終えて」「修学旅行で楽しかった事」「2学期を振り返って」とか。あ~、今思い出しても本当に地獄的時間でした。なぜ当時の僕は作文が苦手で嫌いだったのか?答えは簡単で、先生満足のために文章を書いていたからです。当たり障りのない文章を無理矢理書かされたらそりゃ作文も嫌いになりますわね。(ほぼ毎日書いてる本ブログは現在月間1万PVほどです)



少し古いですが、平成20年(2008年)6月文部科学省発行の「小学校学習指導要領解説 国語編」「第2章国語科の目標及び内容 第1節国語科の目標」を引用します。
”国語を適切に表現し正確に理解する能力を育成し,伝え合う力を高めるとともに,思考力や想像力及び言語感覚を養い,国語に対する関心を深め国語を尊重する態度を育てる。”



そう、本来文字とか言葉というのは他人に伝えるためのツールなんです。ところがどっこい、教室では先生から怒られず足切りを喰らわないツールに成り下がってるんです。僕はいつだったか聞いたことがあります。「先生、なんで作文を書くんですか?」と。答えはこう。「文章力を高めるためです。」先生、高まったのは残念ながら文章力じゃなくて日記力でした。



だって作文てこんな感じでしょ?「クラスのみんなと協力する事を学びました」「一生懸命頑張りました」何じゃそれ!こんなもん読んでてもクソつまらない訳です。ていうか読まれない。日記だよ日記こんなの。他人に伝えるものとは到底かけ離れています。そもそもタイトルが絶望的に終わってる。「文化祭で楽しかったこと」「1年間を振り返って」そんなんじゃ興味ひかないって。



読み物はタイトル・見出し勝負なんです。現実世界では最初で惹きつけなきゃせっかく苦労して文章を書いても一生読まれない。今の僕が作文のタイトルを付けるなら例えばこう↓
「運動音痴でデブな人間でも体育祭を楽しむ3つのコツ」
「強面だけど実は優しい!〇〇先生の攻略方法」
「文化祭で好きな女の子に告白する最高のタイミングと場所とは?」



これらのタイトルなら少なくとも「修学旅行で楽しかった事」より興味を惹くし多く読まれるでしょうね。全国の先生方、文章ってこういう事ですよ。ご査収のほどよろしゅー。




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