グアテマラの歩き方by旅するフットボーラ―masato

1990年生まれ。クレヨンしんちゃんの街・埼玉県春日部市出身。常に日に焼けており歯並びが良いラテン系繊細派。さいたま市立浦和高校→明治大学政経学部→メーカーにて人事として2年間勤務。退職後は治安の悪い中米グアテマラへ1人で飛び立ち、1年間ボール1つで中南米を渡り歩く。世界各地でパフォーマンス・子供教室を開催。現在は英語・スペイン語・日本語の3ヶ国語を自在に操るトリリンガル、グアテマラ親善大使としても活動中

努力不要論「苦しんで頑張れば幸せになれる」という日本人の大誤解






歯を食いしばって苦しんで頑張って努力を続けたら幸せになれる。
日本で生活をしているとこの言説がいつの間にか説得力を持ってもっともらしく聞こえてきます。しかし理想だと思い込んできた「限界までの努力」を続けたら、最悪体を壊して鬱になって死にます。わずか2年足らずのブラック企業での勤務で過労死しかけた僕が言うのだから間違いない。




日本人は苦しむのが大好きです。
語弊のある言い方かも知れませんが敢えてそう言い切ります。約1年間に渡る中南米の旅でよく分かりました。我々は「苦しんで頑張って努力して自分を痛め続けた結果、遥か彼方に幸せという何ものかに遭遇できればいいな」と考えています。もはや空想・妄想と言えるレベルです。これは全然違います。大事な事なので2回言いますが全くもって勘違いであると言わざるを得ない。頑張って苦しみ続けた先にはボロボロに擦り減った自分がいるだけです。




1つ提案なのですが「自分と戦う」ことを一切やめてみてはいかがでしょうか。
この一言を言いたいが為に本ブログを書いています。我慢に我慢を重ね本心に嘘をつき自分を傷付けて否定していたら辛いだけです。周囲から努力を強要されるなんておかしいんです。ブラック企業で人事として2年間自分と戦い続けた僕の当時の思考はこんな感じです。「1人での土日の出勤を嫌がってる自分は駄目人間だ」「24時を過ぎて残業していても眠くなる自分は意志が弱いんだ」「有給を使おうとする自分はサボっているようで後ろめたい」等。僕個人はもちろんの事、そうさせている組織も完全に病気ですね。




それでも、例えば自分の尊敬する先輩や憧れの人物は死ぬほどの努力をしてるように映るかも知れません。しかし僕の考えではそういう人達は一切努力をしていません。頑張ってもいません。野球のイチローでもサッカーのメッシでも誰でもいいのですが、彼らは今まで一度も努力をしたことがないと考えています。好きで時間も忘れて夢中に取り組める事をしているので、他人の目からはそれが頑張っていたり努力をしているように見えるだけだと考えます。
「昨日の自分より少しでも上手くなりたい」「目の前の困難に心の底からワクワクする」そう考えながら活動をしている人は本当に自分と戦っているのでしょうか。努力をしているのでしょうか。僕はそうは思いません。日本社会にはびこる「根性による成長論」にいい加減終止符を打たなくてはいけません。




1年間もよく頑張ってたきたね
今回の中南米の旅を終え帰国してからたまに言われて大きな違和感を感じる言葉です。僕は一切頑張っていませんが?僕は知らない土地に飛び込んでいくのが好きなんです(だからといってどこでも良い訳ではありませんが) 僕という存在を全く知らない人達に自分の技でアッと言わせるのが楽しいんです。やはり好きな事や楽しいと感じる事じゃないと勝負はできねーなと。








永遠に続いてしまうのでこの話は一度ここで終わりにします。本ブログで書いたことをお話している様子はこちらからどうぞ↓

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