グアテマラの歩き方by旅するフットボーラ―masato

1990年生まれ。クレヨンしんちゃんの街・埼玉県春日部市出身。常に日に焼けており歯並びが良いラテン系繊細派。さいたま市立浦和高校→明治大学政経学部→メーカーにて人事として2年間勤務。退職後は治安の悪い中米グアテマラへ1人で飛び立ち、1年間ボール1つで中南米を渡り歩く。世界各地でパフォーマンス・子供教室を開催。現在は英語・スペイン語・日本語の3ヶ国語を自在に操るトリリンガル、グアテマラ親善大使としても活動中

ブラック企業を辞めた1年後僕はグアテマラで生きる喜びを噛み締めている





忘れもしません。退職を翌日に控えた2016年4月14日(木)僕は過労で死にかけました。



会社にほど近い寮に住んでいた僕は24時をとうに過ぎた頃やっと部屋に戻り、2~3時間の仮眠を取り再び出社しようとしていました。当時はこんなバカな生活を続けていました。午前3時頃だったと思います。いつの間にかベットで寝ていたのですが、突然目が覚めました。激しい頭痛・腹痛に襲われ、鼻水・咳・寒気・吐き気…考え得る全ての悪い症状が一気に体に現れました。寒さに震えトイレにこもりながら「このまま死んでしまうかも知れない」と本気で思いました。会社に行けば看護師さんがいるので、フラフラになりながら何とか自転車で看護室まで行きました。体温計で熱を計ると39°を超えており即病院行きを言い渡されました。運ばれた病室で点滴を打ち生き長らえる事が出来ました。



あの日を境に自分は一度死んだものと考えるようになりました。だからこそ治安が悪いことで有名なグアテマラ行きを決断できました。一回来ちゃえばそんな大それた事ではないんですけどね笑
一ヶ月あたりの残業時間が100数十時間を超えるブラック勤務を半年ほど続け(残業代はもちろん満額受け取っていない)体が悲鳴をあげたのです。入社からたったの2年間で僕の体はぶっ壊れました。仮にも人事として勤務していたにも関わらず労基法もクソもあったもんじゃない環境でした。そんな会社・職場だったのです。あれから早くも1年が過ぎました。ブラック企業に勤務していた当時は想像も出来ないグアテマラという場所で僕は今を噛みしめて楽しく生きています。



大した能力もないくせに文句垂れながら会社にしがみついて働く言い訳ばかり逃げてばかりの人生を送ってる全てのクソ共に聞きたい。お前ら本当にそれでいいのか?明日死んでも後悔しないか?何かを変えたければ思い切ってグアテマラまでスペイン語留学しに来いよ。過労で死ぬより自分の意志でグアテマラに来て事故で死ぬ方がまだマシじゃないか?少なくともおれはそう思っている。



人生を変えるのに1年もありゃ十分だよ。



 

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