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フリースタイルフットボーラー&トリリンガルカメラマンmasatoのブログ@グアテマラ滞在中

世界で唯一英語・スペイン語・日本語の3ヶ国語でフリースタイルフットボールを教えられる男です。プロフィール写真撮影もしています。

「言葉の壁を越えたコミュニケーション」と表現されるのが大嫌いな理由

Freestyle Football 語学 怒り

おれ英語もスペイン語も話せるけど?何ならイタリア語もドイツ語もフランス語もいけますけど?(簡単な挨拶だけだけど)そんなおれを、英語もまともに話せないてめーらと同じ次元で一括りにしてくれるな。ざけんじゃねーボケナス共が!と、いっっっっっっつも思っている。



おれはフリースタイルフットボールという、サッカーボールを用いたリフティングを技にしたスポーツをしている。海外でのパフォーマンス経験もそこそこある(スペイン・オランダ・ドイツ・イタリア・台湾・グアテマラ)その話をするとよく言われる訳だ「言葉の壁を越えたコミュニケーション!素晴らしいですね!」と興奮気味に。おれはこの言葉に辟易している。いちいち説明するのも面倒くせー。



面倒くせーから適当に感謝の意を伝えてるけど、本当に心の底からウンザリしている。ウンザリしてるしはらわた煮えくり返っている。別に”複数言語を話せるおれは偉い凄い”とか思ってないけど「言葉の壁を越えたコミュニケーション」ていう表現は正確じゃないよね。そりゃさ、本当に言葉の通じない未開の部族の村でフリースタイルフットボールを披露して拍手貰えたら言葉の壁は越えてるでしょうよ。
でも実際は違うんだよ。少なくとも今までやってきた国で言葉通じなかった事ねーし。見ている子供を巻き込んで技を教える→実際にやってもらう、とか「この技成功したら拍手してね」とかスペイン語話しながらやってますから。



ていうかさ、日本人同士でも言葉を発しなければ「言葉の壁を越えたコミュニケーション」になるよね。都内の公園でピエロが無言で大道芸を披露して観てる人を喜ばせたら「言葉の壁を越えたコミュニケーション」だよね。この表現は対象者の言語能力と行った場所を見極めてから使えな。おれはそろそろキレそうだ。