フリースタイルフットボーラー&トリリンガルmasato@グアテマラ親善大使

1990年生まれ。クレヨンしんちゃんの街・埼玉県春日部市出身。常に日に焼けており歯並びが良いラテン系繊細派。さいたま市立浦和高校→明治大学政経学部→メーカーにて人事として2年間勤務。過労で病院に搬送される等激務を経て退職する。ここで「会社に殺されるよりも世界を旅して死にたい」と決意を固めた。治安の悪い中米グアテマラへ1人で飛び立ち1年間ボール1つで中南米を渡り歩く。世界各地でパフォーマンスや子供教室を開催。現在は英語・スペイン語・日本語の3ヶ国語を自在に操るトリリンガル、グアテマラ親善大使としても活動中

25歳を終えようとする今思う3つのこと

①時間て有限だな

②当たり前だけど人間て死ぬんだな

③これまで楽しく生きてこれたのは親の力がでけぇな

 

 

 

25年という時間を一区切りとすると、26歳は人生第2章の幕開けとなる。これまでの25年間を思い返すと、アッという間に過ぎ去っていった。1分後に急死するかも知れないし何歳まで生きるか分からないが、仮に75歳まで生きるとする。そしたら25年をあと2サイクルしか生きられない。嘘でしょ?!と思う。100歳まで生きるとしたって、25年をあと3回かよ!って思う。 病気や事故で急死する可能性を考えると時間が有限であることに絶望した。くだらない事や嫌いな人間に1秒たりとも時間費やしてる暇じゃない。

 

 

 

僕は絶望したままで思考停止になりたくはない。幸いにして今現在、健康で好きなことも出来ていてお金にも困っていない。文字にすると自分が何て幸せな状況かよく分かる。ただしこれまでは親や周囲の人にかなり頼っていた、頼っていられた25年間だった。親の偉大さが身に染みるぜ。

 

 

 

ムカつく上司の悪口を影でぐちぐち言ってる同世代へ。1年後に死ぬとしても今と同じ事を続けますか?今までの時間の経過を振り返れば分かると思うけど、きっと想像以上に早く年とります。親のため会社のために生きるのはもうやめて、自分のために生きたらどうでしょうか?自分が幸せなら周囲の人もきっと幸せになりますよ。