グアテマラの歩き方by旅するフットボーラ―masato

1990年生まれ。クレヨンしんちゃんの街・埼玉県春日部市出身。常に日に焼けており歯並びが良いラテン系繊細派。さいたま市立浦和高校→明治大学政経学部→メーカーにて人事として2年間勤務。退職後は治安の悪い中米グアテマラへ1人で飛び立ち、1年間ボール1つで中南米を渡り歩く。世界各地でパフォーマンス・子供教室を開催。現在は英語・スペイン語・日本語の3ヶ国語を自在に操るトリリンガル、グアテマラ親善大使としても活動中

【人生最大のリベンジ】高校サッカーの挫折から5年後に超満員の国立競技場を沸かせた話





アドラー心理学を説いた「嫌われる勇気」という本がある。その中で「劣等感」と「劣等コンプレックス」の違いが説明されている。要約すると以下の通りだ。

・劣等感→努力や成長を促すきっかけに成り得るもの。
・劣等コンプレックス→劣等感を言い訳に使い始めたネガティブな状態。

僕はこの2つの違いを身を持って経験した。



僕は埼玉県で強豪として知られる市立浦和高校でサッカーをしていた。高校3年時、冬の選手権(全国大会)メンバーに食い込めず小学生の頃から夢見た国立でのプレーは叶わず僕の高校サッカーは終了した。絶望と共に大学受験に臨む事となった。今思えばこれは完全に被害妄想であり本当にガキ臭い。単純に実力不足が理由だったが当時は本当にショックだった。クソみたいなプライドはズタボロに引き裂かれた。



県大会を勝ち進むチーム。勝って全国大会へ出場して欲しい気持ちよりも、自分のいないチームなんぞさっさと負けちまえという気持ちの方が勝っていた。口にこそ出さないものの「早く負けて欲しい」と強く思っていた。しかしそんな思いとは裏腹に、PK等苦しみながらもチームは12年ぶりに全国大会出場を決めた。メンバーは学校中から誉め称えられ人気者のヒーローとなった。つい最近まで一緒にプレーしていた仲間はもてはやされる一方で、自分は誰からも見向きもされない。ひねくれた僕がそんな空間に居合わせる事は不可能だった。不規則な生活を送り遅刻・欠席の日々を過ごした。



少年時代から長年打ち込んできたサッカーで結果を出せなかった。大学受験にも落ちた。当時付き合っていた彼女にもフラれた。もう全てが嫌になった。自分がこんなにも不幸なのはメンバーから落とされたのが原因だと本気で思っていた。劣等コンプレックスに陥っていた僕はネガティブ一直線の心からつまらない男になっていた。



しかし、僕はメンバー落選から5年の月日を経て超満員の国立競技場を大いに沸かし驚愕させる事に成功する。サッカーではなくフリースタイルフットボールという競技で、なおかつ芝生のピッチではなく陸上のトラック上ではあったが。自分の磨いてきた技に歓声をくれる大勢の人たち。何にも代えがたい喜びと興奮を感じた。高校サッカーで感じた劣等感を活かせたのだ。改修前の国立競技場でのパフォーマンスは生涯忘れられない過去最高の舞台の1つとなった。f:id:masafreestyle:20160727175721j:plain2013年国立ゴール裏。一番右が僕。直射日光で文字通り「眩しい」舞台となった



劣等感は持ち合わせて良いのだ。相当にこじらせた経験がある僕が言うのだから間違いない。「劣等コンプレックス」に囚われる事なく「劣等感」を有効活用し生きて欲しい。今は辛くてお先真っ暗に感じていても僕たちは見た事もない感動的な世界を味わうことが出来るんだ。絶望の淵から這い上がれ。自ら掴み取れ。




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